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ドタキャンを繰り返す「もっともらしい理由」と低すぎる「不可抗力のハードル」

ドタキャンを繰り返す「もっともらしい理由」と低すぎる「不可抗力のハードル」

あなたの周りに、こんな人はいませんか?

約束をすると「行く行く!」と乗り気なのに、当日や直前になると必ず連絡が来る人。
「仕事が急に入った」「子供が熱を出した」「体調が悪い」……。

理由はいつももっともらしいし、嘘をついているようには見えない。
でも、結果的にその人が来る確率は1割程度。周りは「またか」と呆れているのに、本人はなぜかケロッとしていて、罪悪感が見当たらない。

なぜ彼らは約束を守らないのか? そしてなぜ、それを悪いと思わないのか?
その謎を解く鍵は、彼ら独自の出席率の計算式にありました。

目次

周りの評価は「出席率10%」。でも本人の自己評価は「100%」?

私たち(約束を守る側)と彼らでは、約束に対する計算式が根本的に違います。

たとえば、10回約束して、実際に来たのが1回だとします。
私たちは当然、出席率10%のルーズな人と評価します。

しかし、彼らの頭の中ではこうなっています。
「9回のキャンセルは、体調や仕事という不可抗力によるもの。つまり、ノーカウント(無効試合)である」

彼らの計算式はこうです。

実際に来た回数(1回) ÷ ( 約束した回数 - 不可抗力によるキャンセル ) = 出席率100%

彼らにとってドタキャンは雨天中止と同じ。
「試合自体が成立しなかったんだから、欠席ではない。開催できた時はちゃんと行っている私は、義理堅い人間だ」
本気でそう思っているからこそ、悪びれる様子がないのです。

「不可抗力」のハードルが低すぎる

さらに問題なのが、彼らの言う不可抗力(仕方ない理由)の基準が極端に低いことです。

  • 普通の人:「少し頭痛がするけど、薬を飲んで行こう」「仕事が残ってるけど、早起きして終わらせよう」→ 調整して行く
  • ドタキャン常習犯:「頭痛がする(=病気だ、休まなきゃ)」「仕事が終わらない(=業務命令だ、行けない)」→ 即・不可抗力認定

彼らは頑張れば行ける範囲のことでも、少しでも負荷がかかると自分ではどうしようもない天災と同じカテゴリに分類します。
だから「頭が痛いから行けない」と言った時、彼らは「台風で電車が止まった」のと同じレベルで自分は被害者だと感じているのです。

「行く気はあった」=「実質、参加した」という謎理論

彼らは、当日に向けて服を選んだり、楽しみにしていたりした感情の事実をとても大切にします。

「本当はすごく行きたかったんだよ!(でも邪魔が入った)」
この「行きたかった」という強い気持ちがあるため、彼らの記憶の中では約束を破った事実よりも、不運に見舞われた残念な私という記憶が上書きされます。

だから、こちらが「また来ないの?」と責めると、「行きたいのに邪魔が入って悲しんでいる私に、なんて酷いことを言うんだ」と、逆に被害者面をされることさえあります。

このタイプへの処方箋

彼らのマイルールを変えることは不可能です。彼らは自分を不運なトラブルに巻き込まれながらも頑張っている主人公だと思っているからです。

もしこのタイプと付き合い続けるなら、こちらの防衛策は3つだけ。

  1. 頭数に入れない
    「来たらラッキー」「レアキャラ出現」くらいの感覚で、最初からいないものとして予定を組む。
  2. 理由を聞かない
    どうせもっともらしい不可抗力が返ってくるだけです。「了解、お大事に」と事務的に流しましょう。理由を聞いて納得しようとすると、こちらの精神が削られます。
  3. 期待しない
    彼らにとって約束は契約ではなくその場のノリです。

「あの人は、私たちとは違う計算式で生きているんだな」
そう割り切ることで、イライラを少しだけ手放せるかもしれません。

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この記事を書いた人

大阪で小さい会社を経営しています。
よく「まじめか!」ってツッコまれます。

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